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天国からのエール

2~3歳の時の写真です。 
小さい頃、髪は父が切ってくれていたのですが、どの写真もいつも男の子みたいにつんつんで。
後に見返した時、もっと女の子らしくしてくれたらよいのに~と思ってました。笑

この時は神戸港から四国の高松に向かうフェリーに乗ってます。
高松は母の故郷なのです。
当時は高松まで神戸港からフェリーで4〜5時間くらいかかっていたと思います。
今のように瀬戸大橋も明石海峡大橋もなかった時代ですから。

とかくすごく長くて退屈だったのをよく覚えてます。


息子が中学で不登校になったとき、祖母を訪ねて家族で高松に行ったことがありました。
その時、祖母は91歳で1人暮らししていたのですが、元気にもてなしてくれました。

玄関にはきちんとお花が生けられていて、フルーツやお菓子を買って用意してくれていました。

祖母はなんと太平洋戦争時、インドネシアに行き従軍看護婦をしていた経験があります。
20歳そこそこの頃です。
昔の人は今じゃ考えられない過酷な体験いっぱいしてるなって、息子も食い入るように祖母の体験談を聞いてました。

次々と運びこまれてくる負傷兵たちはは自国、他国関係なく看護をしていたようです。そして、亡くなっていく人を看取る時は、その人の家族を思うと涙が流れたそうです。
考えられないような壮絶な現場だったと言ってました。

その祖母なんですが、最後の一年は施設に入り96歳で亡くなりました。
亡くなる3日前までは元気で普通に歩いていたようなのですが、その後身体が辛くなったようで亡くなる日には「そろそろ私いきます」と看護師さんに言ったそうです。

看護師さん「そろそろっていつなん?」

祖母「いまでしょ!」(当時の流行語 笑)


で、宣言した通り、祖母はその日の午後お昼寝しながらの安らかな永眠となりました。
大往生で精一杯人生楽しんで悔いなしだったと思います。

祖母の訃報を聞いた時、その話を聞き、不謹慎ながらも大笑いしてしまいました。

なぜ祖母の話をこんなにしたくなったのかわからないですけど、きっと祖母が喋りたかったのでしょう。
お茶目でお喋りで、とても社交的な人でしたから。

私のこと喋って!アピールして!と言ってきたんです。きっと笑
そして、あちらの世界からあなたたちを今見守っているよ、との思いもあったのでしょう。

どんな過酷な時も生き抜いてきた祖母の生き様を思うと、どんなことも心の持ち方で乗り越えられそうな気がします。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


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